大学院生(博士課程前期)の1日 (池田優子さん) 2021年度現在

大学院での授業について教えてください。

大学院では主に2種類の授業をとっています。
専攻である社会認識教育学(社会教育学・地理学)に関する授業と教科の専門以外の授業です。
今年度は社会科教育学の授業を4つ、地理学に関する授業を1つとっています。

1つ目は、欧州評議会加盟国で実施されている市民性教育のカリキュラムや育成を目指す資質・能力の参照枠(リファレンスフレームワーク)の分析です。
「欧州の市民性教育ではどのようなことのできる子どもを育成しようとしているのか」「異なる文化をもつそれぞれの国々が、どのようにして価値観を共有したのか」参照枠の成立背景や重要視されている能力、活用方法を分析することで、日本の教育にどのような示唆が与えられるかを考えました。

2つ目は、「民主主義は賞味期限切れか」というテーマについてそれぞれが論点や教材を選び、子どもたちがどういう論争を行うか予想して授業プランを考える授業です。
投票率の低下やポピュリズムの台頭など、それぞれが異なる視点からテーマに迫り様々な授業プランを考えました。

3つ目は、大学での教員養成や現職教員研修など教師教育に関する日本や海外の論文を読み、課題や解決に向けての示唆を得る授業です。
今年度は、実際に小・中学校や高校で開催されている授業研究会や教員研修を見学し、論文で示されていた理論がどう反映されているかを一人ひとりがまとめて発表を行いました。

4つ目は、社会科で育成していく資質・能力とは何かについて考察していく授業です。前期はまず、アメリカのNCSSが開発した学習者の探究を重視するC3(College・Career・Civic Life)準拠して開発された地理・歴史・公民の授業事例をまとめ、探究のプロセスを学びました。
この授業は他の専攻(国語、理科、家庭科、音楽)の方とも共同で実施されていたため、各教科で育成する資質・能力を整理して発表したあと、他の専攻の学生と一緒に総合的な探究の時間の単元指導案開発を行いました。

地理学の授業では西条~安芸津や豊栄のフィールドワークを行っています。
普段は見すごしがちな石碑の文章を読み取ったり、古い地形図と実際の地形の様子を比較したりする中で地域の過去を探り、どのような変化が生じたかを推測していきます。
最終的には受講生一人ひとりが東広島市内の地形や文化、歴史などを様々なテーマで調査し、ガイドブックとして出版することを目標としています。

それぞれの授業は異なっても、議論を通じて「何のために社会科を教えるのか」という根本的な問いを常に問い続けている気がします。
日本の教育では学習指導要領が前提、というイメージが教師の中にありますが、その前提すら問い直していく姿勢は今までの自分になかったので、非常に新鮮でした。

教科の専門以外の授業では、教師のキャリアデザイン研究と学校臨床心理学をとっていました。
学校現場で若手教員や子どもたちが抱えている困難さを理解し、共に解決方法を考えていける教師になりたかったからです。
人のやる気やカウンセリングについての理論を学びながら、自分ならどう応答するかというディスカッションや演習を行いました。
自分が生徒や教師の役、カウンセラーの役を繰り返し演習で演じる中で、これまで何となくやっていた対話を、理論に基づいた適切な対応を意識して行うことが出来ました。
この他にも必修でいくつか大学院共通科目があります。

授業を通じて、これまで経験に頼っていた自分の実践を再度見つめなおし、何のためにその実践をする(していた)のか、どのような理論に基づいている(いた)ものかを把握した上で新たな実践方法についてじっくり考えられるのが大学院で学ぶ意義だと思います。

大学院での生活について教えてください。
(一日のスケジュールの概要)

朝は9時ころ大学に来て、一日に1~2つの授業を受けています。前期は朝、家を出る前に大学院共通科目(オンデマンド配信)の動画を見て、レポートを提出してから大学に来る、という生活を送っていました。

大学院の授業は講義を聞くのではなく、学生がテーマについて自分で様々な論文や文献を読んで考察したことを発表するので、授業以外の時間は院生室や図書館でその準備を行っています。
ペアやグループでの発表の場合は、他の院生の方と発表資料の打ち合わせを随時行います。

私は子どもがいるので、なるべく夕方5時には大学を出て、家で課題や研究に取り組むことが多いですが、中には夜遅くまで残って取り組まれている方もいらっしゃいます。 

1年生の夏休み頃からは自分の修士論文のテーマやそれにそった先行研究の論文や文献を読み進めていきます。
後期に入ると11月に修士論文の構想を発表するため、、所属するゼミで自分の研究の進捗状況を発表する機会が増えます。
授業の課題をこなしながら、自分の研究も進めていくので、想像していた以上に忙しかったです。

大学院進学理由

社会科教育について大学できちんと学んでみたいと思ったからです。

私は20年前に広島大学を卒業しましたが、その時は文学部の日本語学文学コース専攻で、教員免許すら取得していませんでした。
卒業後、民間企業に就職しましたが理想と現実のギャップに悩み、再度進路を見直すために退職しました。
そして自分が好きだった日本史を教えられる教師になりたいと思い、小学校で特別支援学級の介助員をしながら通信制大学で社会科教員(中学校、地理歴史)の免許を取得し、広島県の採用試験を受けました。
ですので、私の社会科教員としての知識や技術は、大学で学んだというよりはほぼ現場での経験を通して身に付いたものでした。

2019年に広島県教育センターの長期研修に1年間派遣していただきました。
自分が経験や感覚で行っていたこれまでの授業実践にどのような社会科教育の理論があったのか初めて学び、非常に面白さを感じました。
この長期研修は授業実践への自信につながったと同時に、もっと社会科教育について学び直したいという思うようになりました。
教職大学院への進学も検討しましたが、よりじっくりと社会科に向き合える最後の機会だと思い、2020年度の5月に大学院修学休業制度の利用を申請しました。
そして9月の社会人入試を経て2年間、学校現場を離れて学ぶ機会をいただきました。

社会科教育について大学ではほとんど学んでいなかったため、大学院進学後も話の内容が理解できず、授業での発表の仕方から先行文献の読み方に至るまで力不足に打ちのめされることもありました。
ですが、先生方や院生の皆さんに助けていただきながら、少しずつ前に進んでいると感じています。

大学院進学を考える大学生に向けたメッセージ

教師は毎日の授業や生徒との関わりを通じて、自分の実践が形成されていきます。
経験を積めばそれなりに日々の授業や生徒指導はこなせるかもしれません。
ですが、いつの間にか感覚や実践の理論が古くなっていることに気づかず惰性で実践している可能性もあります。
大学院という“外部”から理論や日本以外の教育の動向を学ぶことで、いつの間にか枠にはまっていた自分をメタ認知し、新しい視点から実践をアップデートできます。

この専攻では社会科という枠を超えて、教師教育全般についても最先端の理論を学ぶことができます。
先生方は学生のやりたいことを尊重し専門的な知見を活かして、時に厳しく、温かく指導してくださいます。
この専攻を卒業された多くの先輩方が様々な大学で社会科教育研究者としてご活躍されています。
最高峰の社会科教育学の研究を目指したいという志をもつ方から、私のように社会科教育についてもう少し深く学びたいと考えている方まで幅広く学べる場所だと思います。

1日のスケジュール