卒業生の活躍 大杉昭英さん(国立教育政策研究所初等中等教育研究部長) 2013年現在

社会系コースを卒業後、どのような仕事をされてきましたか?

私はもともと高校の社会科の教員になるために社会系コースに入学し、大学院(博士課程前期)を出てすぐ、希望通り教員として就職することができました。最初は広島県の高校教員として、定時制高校に4年間、その後、当時新設された高校で6年間勤務しました。それから広島県の教育センターに異動になり、中学校社会と高校地歴・公民の教員向け講座を担当しました。その後、教育委員会に移って、教科指導や学校の教育課程(カリキュラム)についての指導をしていました。

平成9年の4月に、当時の文部省の中学校・高等学校課の教科調査官になりました。教育課程や教育内容の編成に携わりながら、途中から国立教育政策研究所に移り、教科調査官を併任し研究をしていました。そして、文部科学省の視学官という役職になり、教科だけでなく、金融・経済教育など、教科をまたがること、教育課程全般に関わる仕事を担当しました。平成19年に岐阜大学に採用され、去年まで岐阜大学教育学部の社会科教育講座に所属して、主に中等社会科・公民科の教育・研究に携わりました。そして、今年からまた国立教育政策研究所の初等中等教育研究部に移り、少人数教育の教育効果や、教員養成の改善に関する調査研究を行っています。

はじめは高校の先生だったのに、気がついたらいろんな部署を転々としてきましたね。

大学生活をどのように過ごされていましたか?

春から秋まではアルバイトで、旧市民球場で広島カープの試合の切符切りをしていました。昔は社会系コースの学生が球場の正面入口で仕事をしながら、各ゲートの見回りをするという管理的な仕事を一手に引き受けていたんですよ。また、今はもうないけど、広島県営陸上競技場でサッカーの試合があって、そこでも同じようなバイトがあった。すごく割のいいバイトだったので、よく働いていましたね。

あと、私達はソフトボールが大好きで、当時の千田町にあったキャンパスのグラウンドでよくやっていた。春と秋に社会系コース内でソフトボールの大会があるんですが、自分たちの学年は1年生の春から4年生の秋までの8回の大会全てで優勝したのが自慢ですね。友人に球技の経験者が多くて、強かったんですよ。大学全体のソフトボール大会にも学年みんなで出場して、優勝したこともあったね。「勉強はあまり期待できそうにないね」なんて、入学した時に先生に言われたけどね(笑)。

でも、友人達とまじめにこれからの社会科について話し合ったりもしていましたよ。しょっちゅう夜に集まって、みんなでトランプをしながらね(笑)。楽しい学生生活でしたね。

大学時代に受けた講義などで印象に起こっているものはありますか?

一番印象に残っているのは、恩師である森分孝治先生の授業ですね。特に大学院での授業は厳しかった。火曜日にあるゼミの日はたいてい前日からみんな徹夜で、発表もグズグズ言っているとものすごく叱られた。でも先生に厳しく指導していただいたことは、理路整然と根拠をもとにロジックを組み立てる訓練になったので、いまでは非常に大きな財産になっていますね。

あとは文学部で受けていた倫理学の授業。疲れていて、授業中にうとうとしてしまった時に、しかられたことがある。それも厳しくしかられるんじゃなくて、「授業中に寝ていても起きていても授業に出たことにはなるが、どちらがいいかわかるかね」と諭されたんだね。反省して、それ以降は一回も休まず出席しましたよ。

社会系コースに入って得た一番大きなものは?

それは、なんといっても「授業構成論」(授業の作り方・組み立て方についての理論)を学ぶことができたことでしょう。「なぜこの授業がいいのか」ということを、具体的にきちんと説明できて、実際に授業が作れ、そして実践できる。授業をどう組み立てればよいのかを勉強するのは、厳しかったけど非常に有意義な経験でした。大学院では研究が中心で、なかなか形にできないもどかしさがあったんだけど、授業構成論については、自分で理論にもとづいて授業を組み立てて、それを確認しながら身につけていけるので、勉強もしやすかったですね。

私は、最初に勤務したのが定時制高校で、生徒は働きながら勉強している子たちだったんですね。みんな就職していて、大学進学を考える生徒は一人もいなかった。「受験のために勉強する」というインセンティブ(動機づけ)が全くない環境にいる子どもたちに向き合う時、インセンティブになるのは、自分ができなかった、わからなかったことが、できるようになる、わかるようになるということしかない。しかも、たんに「簡単なもの」がわかるようになるのではダメで、「難しくてわからないもの」がわかるようになる、そういうインセンティブがちゃんと満たされるような授業でないといけない。そういう時に、大学で学んだ授業構成論はとても役に立ちましたね。

高校教員時代は、どのような授業を行われていたのですか?

当時、私は社会科の中でもおもに公民を教えていたのだけど、経済学などの理論を使って社会について考える授業をしましたね。

例えば「私は一分間で1000円札を1万円にすることができるけれど、あなた達はできますか?」という問いを出して考えさせる授業をやりました。どうするかというと、1000円札と万年筆を用意して、生徒同士で10回交換させる。そうすると、経済学的には社会全体で1万円のお金が生じたことになるんですね。これはケインズの乗数理論を教えようとしたものなんだけど、式を書くと子どもたちはわからないので、こうやって実際にやってみせる。これで、政府が不況になると赤字国債を発行してでも公共投資を増やす理由を説明できるんだ、と言ってね。なかなか子どもたちは納得しなかったけどね(笑)。

じつは、この授業は、もともと大学時代に考えたものだった。友人達と自主的な勉強会を開いて、空き教室を使って模擬授業(学生を生徒に見立てて行う授業)をやっていた時に作ったものだったんです。大学を卒業するときに、恩師の森分先生に「授業は下手でもいいから、(経済学や政治学の)理論をちゃんと理解して、それを頭に持って授業をしなさい」と言われてね。

もちろん、森分先生に教えていただいた以外の授業構成論もあるので、授業内容によって使い分けたりしましたけどね。やっぱり、大学を卒業して、教師としてスタートラインに立つときまでには、自分の中で一つの授業理論をしっかり持っておいたほうがいいですよ。

大学時代、他の人には負けないくらい打ち込んだものはありますか?

難しいなあ。でも、当時はみんなで難しい本を読もうとしましたね。我々の学生の頃は、マルクスの『資本論』が第5巻まで出ていたから、あれを冬休み中に読破しよう、とかね。べつに難しそうな本だったらゲーテでもハイエクでもなんでもよかったんだけど、当時流行っていたからという理由でね(笑)。

あとは、卒業論文の研究かな。森分先生に「アメリカの社会科教育の文献を全文和訳してきなさい」と言われてね。500ページ以上あったんだけど、毎日10時間やって2ヶ月くらいで完成させたら、先生もびっくりしてたね(笑)。教科書とかなら図表がいっぱいあって隙間があるから、量が少なくて訳すのも楽なんだけど、文献だったからぎっしり文章が詰まっていて大変だった。あれは4年間で一番頑張ったなあ。

あと、日本で一番高いところと一番北と南に行こうと思って、富士山、北海道、そして返還後すぐの沖縄に行きました。沖縄に行ったときは、無謀にも、アポ無しでいきなり小学校と中学校に行って授業を見せてくださいって言ってね(笑)。なんで授業を見に行ったのかというと、私の哲学として、社会科は教室の中にあると思っていたからなんですが。「返還前と返還後で社会科の授業はどう変わったんですか?」なんてぶしつけな質問をしても、先生方は丁寧に答えてくださいましたね。今だったら不審者扱いになるかもしれないけれど、当時は広島大学の学生ですって言ったら、学生証も持ってないのに信用してもらって、喜んで学校を案内してくださった。おおらかな時代でしたね。

大学時代にしておいたほうがいいというアドバイスはありますか?

いっぱいあるよ。まず、研究に興味があるのなら、英語は絶対にやっておいた方がいい。広島大学でも、国際的な共同研究なんかが増えてきているしね。それに、私が沖縄でやったみたいに、一人で海外に行って、授業を見せてもらったり、資料を探してもらったりといった交渉をするためには、前提として英語ができないといけないからね。それもあって、私が岐阜大学で教えていた時には、社会科教員志望の学生に、アメリカやイギリスの教科書を数ページ渡して、授業中にグループで和訳させ、それを使って模擬授業をさせるっていう授業をやっていたね。その時だけはスマホ(の辞書機能)を使っていいよって言ってね(笑)。

それと、とくに高校の教員を目指す人は、専門科学の本を読んでおいたほうがいい。教科書を見ても、政治学や経済学、社会学なんかの学問の成果を強く反映した内容になっている。それを深く読み解くためには、学問を深く勉強しておかないといけない。文学部や経済学部なんかでもそういう授業を受けて学ぶことはできるけれど、自分でもしっかり本を読んで勉強しておいた方がいいね。

高校生に向けてメッセージをお願いします。

まず言っておきたいのは、社会系コースは教員になるためだけのコースではないということです。それ以外の、例えば研究者になって社会科を考える道も目指すことができる。

でも、やっぱり中・高の社会科の先生を目指そうと考えている人が多く入学すると思います。そういう人に考えてほしいのは、「私たちはどんな社会に生きているのか?どんな社会が望ましいのか?」という問いです。それを追求する意欲を持って社会系コースで勉強してもらいたい。そして、「自分はどんな社会がいいのか」という問いかけにちゃんと考えて判断できる、そんな子どもたちを社会科を教える中で育てていきたい。そういう気持ちを持って入学してほしいですね。