広島大学・大阪大学合同セミナー「フレイザーの視点から教育について考えよう」を開催しました

 2020年7月17日(金)に広島大学と大阪大学の合同オンラインセミナーを開催しました。本セミナーは,広島大学の川口広美准教授と大学院生による読書会、そして大阪大学の北山夕華准教授とその受講生の皆様によって開催が企画されました。
読書会は大学院生の提案から始まり、「社会正義の文献を読む」というテーマのもと、『正義の秤』(フレイザー、2013)、『土着語の政治』(キムリッカ、2012)、『再配分か承認か?』(フレイザー&ホネット、2012)を分担しながら読み進めてきました。
 なかでも最近は、フレイザー(2012;2013)で示された三つの正義/不正義概念(再配分・承認・代表)を中心的に取り上げ、「それはどのような意味なのか?」や「具体的にどのような状況を問題にしているのか?」などを議論しています。
 今回の大阪大学との合同セミナーは、フレイザーの社会正義論に関する理解を深めること、そして参加者の研究をブラッシュアップすることを目的に開催されました。各大学から二名ずつ(広島大学からはM1の村田一朗さんとD1の久保美奈さん、大阪大学からはM1の福田眞央さんとD1の三上純さん)が、自身の問題意識と「再配分」「承認」「代表」の概念を用いて分析した結果を報告した後、グループ別の質疑応答と議論を行い、最後に全体でも議論を交わしました。
村田さんは、「N・フレイザーの社会正義論「再配分」「承認」「代表」概念から見た社会科実践『性別記入欄にXジェンダーを付け加えるべきか』の意義と限界」という題目で発表を行いました。自身の卒業論文で開発・実践した社会科単元をフレイザーの枠組みから分析しました。分析結果としては、「承認」概念の解釈の狭さや、単元開発者の意図と子どもの学びのズレ、「代表」概念の複雑さについての気付きに加えて、マイノリティの社会における立場性の理解の難しさについて議論を深めることができました。
福田さんは、「フレイザーの枠組みを使った性教育の課題の考察」という題目で発表を行いました。自身の研究テーマである包括的性教育について、フレイザーの枠組みから分析しました。「再配分」「承認」「代表」の概念が歯車のように相互に関連し合っていることへの気付きともに、フレイザーの概念の理解を深めることができました。性教育に関する公的なカリキュラムの策定過程に誰が加わるべきか、どういう手続きを経るべきか議論が白熱し、学校教育における性教育について改めて考えさせられました。
久保さんは、「フレイザーの正義の枠組みは、障害問題に適用できるのか?」という題目で発表を行いました。フレイザーの「再配分」「承認」「代表」を、自身が修士論文研究で開発した「障害の問題をみとる枠組み」に位置付けることで、それぞれの枠組みの価値と限界を明らかにしようとしました。結果として、フレイザーは価値づけに対する詳細なアプローチを十分にみとることはできないが、「代表」など、民主主義社会における政治場面での問題をみとりやすいことが明らかとなりました。
三上さんは、「フレイザーの正義の三側面からみるエリートスポーツにおける『性別コントロール』」という題目で発表を行いました。トランス女性アスリートの「女性らしくない身体」に対するバッシングがある中、フレイザーの正義の三側面から、身体の中に性差を見出そうとする「性別コントロール」を分析し、その問題性を明らかにしました。結果として、「再配分」からはホルモン療法が経済的参加を阻むハードルとなる不正義、「承認」からはホルモン治療がなされなければ文化的参加を阻むこととなる不正義、「代表」からはホルモン治療を受け入れなければ政治的参加の機会が奪われる不正義が明らかとなりました。
各発表者に対する主な質問として、「性別欄がいらないという意見も一つの承認の形なのではないか」、「社会正義の三つの側面に即した性教育の必要性は分かったが、どのように実現していけばよいのか」、「障害の程度が個々人によって異なるため、『代表』の枠組みに障害者を位置づけることができないのか」、「障害の社会的状態と個人的状態の関係性とは何か」、「エリートスポーツからの排除を女性だけに限定していないか?男性も含まれるのではないか?」といったものがありました。各発表者は、それぞれの問いに丁寧に答えており、非常に盛り上がった質疑応答になりました。セミナーの取りまとめ役の川口先生からは、「学習指導要領の策定者に実際の性教育従事者が「代表」として参画するのは非常に大事な点だ」、北山先生からは、「社会構造の問題から障害に対する不十分な認識が生まれる、もしくは障害がない人たちに基準があり、社会的構築物として障害という状態が生まれてしまうという二つの状況が想定できる」といった発言がなされ、それぞれの発表の理解を参加者全員で深めた有意義な場となりました。
【文責:両角遼平(博士課程後期2年)、小野創太(博士課程後期1年)、久保美奈(博士課程後期1年)、奥村尚(博士課程前期2年)、村田一朗(博士課程前期1年)】