7月4日(木),ヒューストン大学ダウンタウン校Associate ProfessorのYu-Han Hung(洪瑀韓)先生を広島大学にお招きし,セミナー「Teaching Difficult Knowledge」を実施しました。 Hung先生は,社会科教育,教師教育,カリキュラム理論などの国際比較を専門とされています。5年間にわたり、本コースの川口広美准教授と金鍾成准教授と日本・韓国・台湾の歴史教育に関する共同研究をされており、その一環で今回のセミナーが開催されました。今回は,Hung先生が現在調査されている「歴史教師が論争問題を扱う際の指導」において中核的なトピックの1つとなっている,「困難な知識(Difficult Knowledge)」をテーマとした交流が行われました。
セミナーでは,本コース・川口准教授から趣旨説明がされた後,Hung先生から「困難な知識」の特質を,台湾での教師生活とアメリカ・ヒューストンでの研究の経験からお話しいただきました。東アジアにおける第二次世界大戦の語りの差異に代表されるように,「困難な知識」が学習者と学習内容の相互作用に依拠するという特質や,台湾において「困難な知識」を指導するにあたって歴史教師が実行した調整・方略など,Hung先生の研究成果に基づいた知見を共有いただきました。
その後,Hung先生と参加者のディスカッションに移りました。参加者は,それぞれが考える「教室で困難な知識を教えること」について,Hung先生と対話しました。その際,参加した大学院生に加え,本コース・池尻良平准教授からも,自身の研究調査に基づく経験をお話しいただきました。日本国内での地域差がみられたのはもちろんのこと,中国出身,エストニア出身の参加者からもそれぞれ経験が共有され,「困難な知識」が地域や国といった文脈・状況によって実に多様であることを具体的に確認できました。時間の限りディスカッションがなされ,多くの語りが飛び交う場となりました。最後に,本コース・金准教授から本セミナーから得られた「困難な知識」を扱う上での知見についてのまとめがなされ,会は終了しました。
以下,2名の感想を掲載します。
①後藤伊吹(M2)の感想
「困難な知識を教える(Teaching Difficult Knowledge)」をテーマとした本セミナーに参加しようと思ったのは,中学校で社会科を教えている友人の「中国にルーツをもつ生徒がいる中で,どのように日清戦争を教えれば良いか分からない」という悩みに対して,私自身もその答えを見つけられずにいたからでした。交流会ではエストニア出身のMaarjaさんが,長くソ連に占領された過去をもち,ロシアにルーツを持つ生徒も多くいる中で「多様な視点」を意識しながらエストニアの歴史を教えてきた経験を話してくださいました。また,Hung先生も非公式の資料を使うことやオルナタティブな資料を組み合わせていくこと,生徒との対話を構築することなどを上げてくださり,自身が実践者となった時にどのように「困難な知識」を教えていくかのヒントを得ることが出来ました。一方で,「困難な知識」に関する資料の少なさにどのように対応していくかについて,Hung先生から「記憶」というキーワードをいただき,歴史教育はどのようにあるべきかについて深く考えさせられました。このような貴重な機会を提供していただいたHung先生や金先生,川口先生をはじめ,一緒に議論をさせていただいた参加者の皆さんに深く御礼申上げます。
②野呂航平(M1)の感想
金先生の大学院授業の一環で参加させていただきました。「困難な歴史」については,大学院に入学する前から,日本の「困難な歴史」そのものについての知識とそれをめぐる政治的動向,歴史修正主義的な傾向が高まる1990年代に高橋哲也さんが提唱した,戦後世代のGuilty(罪)ではない戦争責任としてのResponsibility(応答可能性)の概念といった観点を学んでいたこともあり,どのように教育活用することができるかに関心がありました。学部生のころまでは,日本社会における「困難な歴史」=「日本の戦争加害行為」とばかり思っていましたが,大学院で広島に来てから,日本の戦争被害の象徴的存在の一つである「ヒロシマ」も,解釈や政治,展示内容といったものをめぐる争点といった側面から,同様に「困難な歴史」であるということを自覚させられています。今回の交流会では,台湾における「Difficult knowledge」を扱う教師の方略として,非公式テキスト・学校内にとどまらない代替資源・生徒との対話といったものをHung先生からご紹介いただきました。そこでは「何が困難な歴史なのか」は日本と台湾の文脈による違いがあれども,「困難な歴史をどう教えるか」については,大きな共通点として,教師の工夫や教室空間の構成の仕方といった,「困難な歴史」に向き合うための誠実な態度の必要性が感じられました。そして,同時に社会文化的な意味での「なぜ私はこの問題を考えなければいけないのか」についての省察を教師と生徒が共にすることをどのように進めていくべきか,という問いが,私の中に新たに生まれたと思っています。セミナーで研究発表をしてくださったHung先生や,このような機会を設けてくださった金先生,通訳をしてくださった川口先生,そのほか,このような機会をつくってくださった参加者の皆さんに感謝申し上げます。引き続き,10月の学会発表に向けて「困難な歴史」についての学びを深めていきたい決意です。そして,もっと英語を勉強します。
日本においても「困難な知識」を扱うことの切実性が高まる中,本セミナーから多くの示唆をいただきました。セミナーを企画して頂いた川口先生・金先生,そしてYu-Han Hung(洪瑀韓)先生に心より感謝申し上げます。参加者一同,交流から得た知見をもって,それぞれの研究を発展させて参ります。
(執筆:M1 山本亮介,M2 後藤伊吹,M1 野呂航平)