『対話的教育論の探究』出版記念イベントを開催しました。

 2月28日(土)に,子どものための哲学教育研究カリキュラムプロジェクトのメンバーである本コースの川口広美准教授と私(田中崚斗(博士後期課程1年))が『対話的教育論の探究』出版イベントを開催しました。本イベントは,本年度,東京大学出版会から出版された『対話的教育論の探究』の執筆者を囲み,“子どものための哲学 Philosophy For Children (P4C)”の意義や可能性について対話し合い,理解を深めることを目的として実施しました。本書の詳しい情報はこちら。そして本イベントには,執筆者である豊田光世先生(新潟大学)や土屋陽介先生(開智国際大学)だけでなく,本書の読者を代表したコメンテーターとして国語科教育で話し合いを研究されている明尾香澄先生(エリザベート音楽大学)やP4Cについて教育哲学で研究されている板野 誠さん(広島大学大学院),更には,15名ほどの本コースの学部生・大学院生・OB・OGが参加していただきました。イベントの詳しい情報はこちら

 まずは,執筆者である豊田光世先生や土屋陽介先生,川口広美先生から,執筆された章の概要や,P4Cについて研究・実践する中でのやりがいや葛藤などを共有していただきました。具体的には,豊田先生は,地域的課題について大人と子どもがP4Cをすることで,対話することに価値を見出していないコミュニティから,価値が共有されたコミュニティになった実践を紹介していただき,P4Cにある可能性について語っていただきました。一方で土屋先生は,P4Cを研究・実践している中で,何かの能力やスキルを獲得させるためにP4Cを用いるケースがあることを紹介し,その問題点と改善方法を語っていただきました。川口先生は,教員養成課程において1つの社会科に対する考えに固執してしまう学生の姿に悩んでいる現状を述べ,その現状を改善できる方法としてのP4Cの魅力を語っていただきました。

 次に,読者を代表して明尾先生と板野さんから,本書を読んだ率直な感想や,執筆者に聞いてみたいこと,イベントの参加者と共に考えたいことを話していただきました。明尾先生は,国語科教育の話し合いの場面で,良い話し合いの規準が大人と子どもで違うという悩みを語っていただきました。具体的な例として,大人は話し合いが活発で,時には批判や反論が飛び交う話し合いを良いと評価するけれども,子どもたちは,その話し合いよりも,誰か一人の意見に賛同し,批判や反論が少ない話し合いを良いと評価してしまう。このような現状を,コミュニケーションに興味を持つ本イベントの参加者に問いかけて,ともに改善策を探すきっかけをいただきました。板野さんは,豊田先生,土屋先生,川口先生の章にある対話記録に注目し,そこにある対話のズレや多様な解釈の可能性を示していただきました。例えば,子どもが行った「専門知識がないとP4Cをしてもいい意味が無い。ちゃんと議論できないから」「ちゃんとした議論って?」の対話を例に,「ちゃんとした議論」とは何かを一見説明していないように解釈できるけれども,専門知識がある中で議論することが「ちゃんとした議論」の定義と解釈することもできるのではないか?という執筆者にはなかった解釈の可能性を示していただきました。

 執筆者とコメンテーターとの対話が終わった後,参加者との対話が始まりました。参加者からは,「学校教育において子どもに対話の価値を共有することの難しさ」「国境を越えた対話を行うことの難しさとその乗り越え方」「対話とP4Cの違い」「P4Cを専門とする者として学校教育での実践を促す際に生じる葛藤」などが共有され,参加者全員で考えを深めることができました。ここでは,単に執筆者と参加者が対話するのではなく,参加者から投げかけられた質問を参加者同士で対話しながら深められたように思います。

 本イベントに参加した大学院生からは,以下のような感想をいただきました。

「このイベントに参加し,哲学対話の重要性や意義を理解することができました。また,大学院生だけでなく学校現場で働く先生方と,「どのように哲学対話を実践していけば良いのか,何から実践していけば良いのか」を対話する中で,哲学対話を実践する方法など,今後考察していきたいと思った。」

 今回,私は「このイベントが終わってからも対話のネットワークが広がれば良いな」と思いながら,本イベントを企画しました。それは,川口先生や,子どものための哲学教育研究カリキュラムプロジェクトメンバーの先生方と,P4Cの観察やミーティングを通して,対話のネットワークが広がる経験をし,その経験から多くのことを学ばせていただいているからです。今回のイベントでは,対話のネットワークが広がっていることを確認できました。今後も本イベントに参加した皆さまのなかで,対話のネットワークが広がれば良いと願っています。

 最後になりましたが,本イベントの企画・運営を支援していただいた,高須明根さん(広島大学大学院生),川口広美先生,教育ヴィジョン研究センターの皆さまに感謝申し上げます。このような貴重な経験からの学びを発展させ,今後も研鑽を積んで参りたいと思います。

執筆:田中崚斗(D1)