オーストリアで歴史・政治教育に関する調査を行いました

2022年4月29日から5月17日にかけて,草原和博教授と私(吉田純太郎)はオーストリアにおいて歴史・政治教育に関する調査を行いました。

この調査は,科研費国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「オーストリア政治教育の挑戦-教室空間で政治問題をいかに教えるか-」(研究代表者:草原和博)の一環で行われたものです。オーストリアは,①16歳から選挙権を行使することができる,②歴史が現代の政治的問題と関連付けて教えられている(教科も「歴史・社会・政治科」として成立している)の2点で,特徴的な国であると考えられます。オーストリアの歴史・政治教育から,子どもが現実社会の課題と真に向き合うことができるカリキュラム論・学習環境論・教師論について示唆を得るべく,草原教授らの研究グループは2018年より継続的に調査を重ねてきました。そのような最中,2022年2月下旬にロシアはウクライナへの軍事侵攻を開始します。そこで,今回の調査では「オーストリアの歴史・政治教師は,このロジア・ウクライナ戦争をどのように受けとめ,教えているのか」を課題とすることにし,ギムナジウム(=大学進学を目指す中等学校)や職業系中等学校等での授業観察と教師へのインタビュー調査で明らかにすることを試みました。本調査の成果は別稿に譲り,学部の社会系コース・大学院への進学を志望する高校生・学部生に向けて,ここでは大学院生としての私の学びを報告することとします。

大学に入学して以来,私は今回が初めての海外渡航でした。これまで,日本の授業しか見たことのない私にとって,オーストリアで目にしたものは全てが新鮮に映りました。例えば,ひとたび教室に足を踏み入れると,黒板と生徒が正対していない机の配置,教室前方に掲示された国章と十字架,多様な社会的・文化的背景の子どもが学ぶ教室の姿にインパクトを受けました。教室環境を一つとってみても,日本のそれとは大きく異なっていたのです。私の学びのうち,授業を観たり,インタビューをしたりすることを通じて,特に印象に残った場面を3点挙げます。

第一に,教師の積極的な個人的見解表明です。日本では,生徒に対して教師が自己の主義主張を明らかにすることは憚られる傾向にあります。一方でオーストリアでは,教師の個人的見解表明の可能性は完全に否定されていません。私たちが訪問したあるギムナジウムの授業では,教師が赤裸々に自己の主張や経験談を語るシーンが見受けられました。「中東からの移民をないがしろにしてきた一方で,ウクライナからの移民を厚遇する現状に,私は疑義を抱いている」といったように,一人の市民として教師は生徒に自己の思いを躊躇なく語りました。それに対し,生徒もまた腹を割って賛同をしたり反論をしたりする様子が窺えました。お互い率直に語ることのできる安全安心な開かれた対話空間の中で,生徒が生き生きと政治を語る光景は,日本ではなかなか見ることのできないものでありました。

第二に,息の合ったティームティーチングです。私たちが訪問したある職業系中等学校では,特別な支援を要する生徒を,複数の教師が協働的に支援する体制が整っていました。観察した政治の授業においても,若手の男性教師が主たる指導を担い,ベテラン男性教師が養護担当として生徒の学習をサポートしていました。2人の年齢は20~30歳程度の差があるものと推察されます。しかし,彼らは互いを尊重しながら,協働的に授業を設計・実施していることが分かりました。私とさほど年齢の変わらない若手教師が,ベテラン男性教師と忌憚なく議論し,授業を展開している点に感銘を受けました。時には,両者は指導内容をめぐって意見が対立することもあるとのこと。しかし,それがかえって教室空間に言説の多様性を生み出していると肯定的に説明された点は,興味深かったです。

第三に,ICTの積極的な活用です。あるギムナジウムでは,Microsoft Teamsを介し,コロナ感染で自宅待機中の生徒と通話をしながら,ともに調べ学習を遂行する生徒が見受けられました。学習場所を異にしつつも,上手く連携・対話しながら共同作業を難なく行う様子を目の当たりにすることで,遠隔教育の可能性を体感することができました。別のギムナジウムでは,戦争難民の行動を追体験するシミュレーションゲームを活用した授業を観察しました。このゲームは難民の実態調査に基づいて開発されており,自分のスマートフォンやタブレットから難民の生活に肉薄し,その理不尽な状況を再現している点にゲームの可能性を感じました。2つはいずれも,GIGAスクール構想の実現に向けて準備を進める日本にとって示唆的な例であったと考えます。

このように,今回の調査によって,これまでの学修・研究経験の中で培われてきた私の社会科観は大きく揺さぶられました。同時に,自己の見識の狭さを切に感じました。自己の社会科授業の見方が,これまで受けてきた・観察してきた・実践してきた日本型の授業に強く規定されていることをメタ認知したのです。

私が所属する社会認識教育学領域は,海外の社会科教育を学ぶ機会に富んでいます。民主主義社会の形成者を育てる新たな社会科のカリキュラムや授業を提案していくために,研究への参加・協力を通して自分の視野を広げていきたいと考えています。

(M2 吉田純太郎)

訪問した学校の先生方との一枚,校長室にて
(右から1番目が私,2番目が草原教授)
大学教員が中学生にウクライナ問題を教える特別授業
(於:市内の繁華街に面したオフィス)