大学院の授業で東広島市河内町のフィールドワークを行いました。

 5月11日(水)に大学院の授業「環境・社会と学習材デザイン基礎研究(社会・地理歴史)」(熊原康博准教授担当)において、東広島市河内町周辺のフィールドワークを行いました。

 当日は、広島県立河内高等学校で以前勤務されていた植野裕行先生の案内のもと、河内町の発展と猿との関連について解明していくことを目的として、河内支所・自治センター~出土文化管理センター~能光公園(旧:お猿の国)~河内駅前商店街のルートを歩きました。

 河内町は以前、交通の要所としてにぎわっていましたが、沼田川の観光名所であった場所に「お猿の国」という施設を作ることで、より多くの人を集めることができるようにしようと考えました。お猿の国が完成した当初は見世物としての猿が非常に人気を博し、猿が隊列を組み歩いている姿などが有名でした。しかし、猿にえさを与えたり、猿を野放しにしていたりした影響で、猿の数が多くなってしまい、人の手で管理することが困難な状況になってしまいました。観光客の減少もあり、最初は町営だったお猿の国が民間企業に受け渡され、その後閉園になってしまい、結局、お猿の国は数年しか営業されませんでした。現在の能光公園にはエサを与えた小屋などが残っており、お猿の国の痕跡を見ることができます。

 後半には産湯川・神田地域周辺も巡検を行い、この付近にある神社や遺跡歴史と位置関係についても学習しました。産湯川神社の横には、「小野 篁」の産湯として使ったとされる池の跡がありました。またこの地域には布多都神社(八幡神社)、厳島神社(二宮神社)、竹野辺秀識屋敷跡といった神社や遺跡がありますが、これらは竹林寺から西南西の方向に一直線上にあり、さらに西南西に延ばすと宮島の厳島神社があると言われていました。

 植野先生には河内町の様々な歴史を踏まえながらわかりやすく解説していただきました。また植野先生は河内高校在職時に、地域の人々に一人ひとり訪ねながら、これらの様々な事柄について聞き取り調査を行ったそうです。様々な知見を得ただけではなく、地道な積み重ねを続けた植野先生の調査に対する姿勢など、今後の自分たちの研究においても参考になる学びが数多くありました。

(M1 村上正龍)